小田原競輪場(神奈川県)
1949(昭24)年〜

江戸期に四宮家の一つとして創られた閑院宮家
戦後に皇籍を離れられたが
閑院宮載仁親王が本邸を東京の永田町(現:衆参議長公邸)に構えられていた頃
別邸小田原の天神山に置いておられた


その閑院の宮邸跡地に
敗戦後
戦後復興基金」名目で競輪場が建設され
1949(昭24)年:
日本競輪株式会社により小田原競輪が開設された

1周333mで、残り2周の赤板から選手が一気に動き始める高速バンクで
以前は走路の傾斜カント(角度)が最も大きかったことから
一時期
海外遠征向けの練習地に使われたこともあるコースである



<昭和48年度・小田原市主催・連勝単式勝車投票券>



周辺70Kmの圏内には
平塚競輪場伊東温泉競輪場花月園競輪場川崎競輪場もあり
競輪の一大競合地帯では
各場が熱いしのぎを削りあっている



神奈川県小田原市城山